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世の中のあれこれに、ちょっとモノ申したい。

NHKの受信料で、特養ホームを作れ!

NHK受信料は義務であるとする、政府の見解が出されたが、私は“あり得ない”と思っている。義務化の議論以前に、NHK不要論を唱えたい。

NHKの役割とは何か? スポンサーを持たず、公共性を重視した偏りのない放送を提供することである。また、放送法第7条には、「公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できる」と書かれている。

ご立派な大義名分があるように聞こえるが、これは民放でもできる。民放ではスポンサーがいるために、公正性がないと言う人もいるだろうが、NHKに公正性があるかどうかは疑問である。特に最近は、若者ウケするために、偏った内容の番組が多い。

大事件・大事故など、緊急性のある放送においては、その役割を果たしているものの、民放でも同じスピードで放送している。つまり、NHKがなくても、国と民放が協定を結んでおけば、緊急時にも対応でき、何の支障もない。やはり、NHKは不要だと言える。

放送法第7条の「あまねく日本全国において受信できる」に関しては、地上波デジタル化により、多くの受信困難地域ができたことで、補助事業によるCATVの整備が進み、NHKはやはり不要となった。

NHKに関するもっとも大きな問題は、次にある。

一般市民の中には、強制的な受信料の徴収に、疑問・不満を持つ者が多い。商品・サービスにおいて、契約・取り引きする際は、双方の合意がなければ成立しないはずだが、一方的に払わされる。

NHKは国営ではない。国からの委託事業である。つまり、民間の会社。民間の会社がなぜ、押し売りのようなマネをするのか。なぜ、許されているのか。前世紀の遺物とも言える反民主主義は、即刻改めなければならない。早い話が、「潰してしまえ!」「民営化しろ!」である。

なぜ私が、「NHKを潰せ」「民営化しろ」と言っているのか。強制する態度が気に入らないのはもちろんだが、そこに集まって来る大金に眼をつけたからである。

2018年度の受信料収入は、7122億円である。もし、このお金を福祉に使うことができれば、どれだけの人を助けることができるか。

疑問・不満を持ちながら払っているお金が、もっと有意義に使われるとしたら、誰も文句を言わず、そのまま払ってくれるだろう。これまで不払いしていた人も積極的に払ってくれるのではないか。

つまり、福祉のための税金として、振り替えるのである。

まずは、特別養護老人ホームの増設に使うのはどうだろう。寝たきりや認知症の人を抱えて、自分の人生を犠牲にしている人が、たくさん存在する。だが、誰も助けてはくれない。

特養ホームに入所待機などなく、困った時にすぐ利用できれば、苦しむ人は少なくなる。介護疲れによる自殺や殺人はなくなるだろう。

この問題は、高齢者を抱える人だけの問題ではない。いずれ国民ひとりひとりにのしかかる、自分自身の問題でもある。自分のためになるのなら、税金も積極的に払うようになる。ましてや、不満を持っているNHK受信料が福祉にまわるのなら、誰もが喜んで払うだろう。

突拍子もないアイデアに思えるかもしれないが、国民みんなのシュプレヒコールがあれば、叶うのではないかと思っている。


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安易な結婚・出産は、不幸な事件を呼ぶ。

女性雑誌の「an・an」が、「授かり婚はこんなにスバラシイ!」という特集を掲載したことがある。いわゆる“できちゃった婚”を推奨しているようである。「セックス特集」など、先進的な内容で人気を得ている雑誌とはいえ、これは行き過ぎではないか。やり過ぎ、ぶっ飛び、無責任だとも言える。

長くつき合っているカップルの「できちゃった」と、つき合い始めて間もないカップルの「できちゃった」とでは、大きく意味が異なる。「“できちゃったから結婚しよう”も悪くないよ!」と、an・anは言っているのだが、楽観的に考えて良い問題ではない。

つき合いが浅ければ、お互いのこともあまりわかっていない。一生をともに生きることができる相手なのかどうかの見極めもできていない。そんな相手との子どもを一緒に育てていけるのかどうかは、大きな賭けになってしまう。結婚、即、離婚の可能性も高いのに、子どもにどう責任を持つのか。

ある程度長くつき合い、お互いのことを理解しているカップルの「できちゃった」なら、結婚後の姿も想像しやすく、覚悟もできるのだろうが。

an・anは、「結婚の覚悟が即できる」とか「結婚と出産、Wのオメデタ」、「すぐに家族の絆が生まれる」などというメリットを書いているが、何を根拠にしているのかがわからない。

「結婚の覚悟」と書いているが、それは“仕方なく”であって、心から願っているわけではない。願わない結婚がうまくいく確率は低い。

「Wのオメデタ」とは、ふたりで過ごす時間がなくなることを意味し、愛を深めることなく、慌ただしい子育て期間に移行するのである。

「絆が生まれる」とは、“家族”という言葉から想像した理想論である。これを書いたのは、独身女性ではないかと思う。それは、なぜか?

夫婦間のトラブルで多いのは、“子ども”のことである。子どもが元でケンカが多くなり、他のことでも対立するようになり、離婚にまで発展するのである。これは、結婚していない女性にはわからないことである。

女性は子どもができると子ども第一となり、それを当たり前のように暮らすが、男性は違う。子どもは可愛いが、妻との時間も大切にしたい。妻が子どもばかりを構うと、夫はすねる。大人げないと思うかもしれないが、そんな男性は多い。つき合いの浅いカップルの男性なら、なおさらである。

なので、「子どもができたから絆が強くなる」とは言い切れない。よくここまで無責任なことを書けたものだ。

それだけではない。「できちゃった婚」の推奨は、不幸な事件に繋がることも知るべきである。安易に同棲・結婚・出産した結果、DVや子どもへの虐待、挙げ句の果ての殺人事件が多発しているのである。ニュースに登場するカップルの関係を見ていれば、よくわかることである。

お互いをよく知らないまま一緒に暮らし、子どもを作ると、さまざまな歪みができる。軽はずみな行動をする=物事を深く考えない者同士が一緒にいれば、問題が起きるのは当然である。

その収拾の方法もわからないので、離婚となる。離婚で済めば良いが、ストーカーや殺人事件に繋がるケースも多い。もっとも不幸なのは、子どもである。「生まれたことが不幸の始まり」とならないことを願うしかない。

これらのことを考えると、「授かり婚はこんなにスバラシイ!」などとは、軽々しく言えない。言ってはならない。影響力のある雑誌は、もっと慎重であって欲しい。


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首長! 災害地視察はお忍びで行きなさい!

「災害発生? よしっ、首長の責任として、現地に赴くぞ!」。首相、大臣、知事、市長らが、被災状況を把握するために、大勢の視察団を引き連れ、すぐさま現地に飛ぶ。

それを聞いた現地では、「お偉いさんが来るから、お出迎えしなくちゃ」と、責任者周辺では“歓迎団”が編成される。被災地で指揮を執る自衛隊・消防署・警察署の責任者まで、お偉いさんへの説明のために招集される。この首長の“迅速な行動”のために、たくさんの人びとが災害対応の手を止めなければならない。

首長が行って、一体何ができるのか。「これは大変なことだ。何とかしてあげて」と、周辺の人間に言うだけである。本人は、これで陣頭指揮を執っているつもりだろうが、まったくの時間の無駄、邪魔をしているだけである。「あんたに構っている時間なんて、ないんだよ」と、現地の人たちは怒鳴りたいだろう。

災害対応の素人である首長が行っても、何もできない。何をして良いのかもわからない。首長の自己満足以外の何ものでもない。行きたいのなら、ひとりで、しかもお忍びで行けば良い。まわりを巻き込まないで欲しい。その分、復旧・復興が遅れてしまうのである。

被災状況を知るために現地を見ることは重要だが、やや落ち着いてから行く方が良い。被災直後は、被害状況の確認などに右往左往している。パニック状態かもしれない。そんな時に首長に来られるのは、非常に迷惑なことである。落ち着いてきた頃なら、何が必要なのかがわかってくるので、首長への要望も出しやすい。

災害発生時には、首長ではなく、災害対応のプロフェッショナルを派遣すべきである。しかも、大きな権限を持たせ、必要なことをその場で決定できるようにすれば良い。

今後、自然災害が増えることは容易に想像できる。その際に、首長の代わりとして、現地に赴くプロの人材を確保しておくべきではないか。


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公務員にプロの仕事を見せてやれ!

佐賀県にある武雄市図書館が、その運営を民間に委託し、成果を上げている。落ち込んでいた利用者数が大幅に増え、地域に「図書館を利用するという知的な文化」および「本を読む習慣」を根づかせている。

私はかねてより、役所の仕事は民間にアウトソーシングすべきだと言っている。特に事務系の仕事はやることが決まっているので、外注しやすい。給料の高い公務員に簡単な仕事をさせるのは、もったいない。外注した方が、安く処理できるのである。

しかも、アウトソーシングする先は、プロの集団。どれだけ効率的かつ効果的な仕事をするのか、公務員はよく見ておくことだ。プロの仕事を知ることになるだろう。仕事の厳しさを知ることになるだろう。

この武雄市のケースでは、単なる図書館運営ではなく、書店を経営する視点での魅力づくりにも力を入れている。幅広い年齢層の利用者それぞれが、快適な時間を過ごせるようになっている。民間でなければ、到底できないことだろう。

ほとんどの公務員が、民間を経験したことがない。独自の規律と独自のテンポで、非常に非効率的な仕事をしている。加えて、創造性のカケラもない、というのは言い過ぎか。本人たちは、それに気づいていない。常に成果を求められる民間の仕事術や取り組む姿勢を学んで欲しい。

民間での実務経験がある人を、公務員として採用する制度を作った方が良いのかもしれない。本当に厳しい世界を知らない人間が、庶民の立場に立った住民サービスを提供できるとは思えない。民間のような“お客さま第一”という思想・姿勢を持つべきである。そのためには、民間の仕事から学ばなければならない。

民間への委託・民営化は、もっと進めるべきである。同じ土俵に立てば、自分たちの“生温さ”がわかるだろう。


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成人した子どもに対して、親には“軽減責任”がある。

芸能人の子どもが逮捕され、親が涙ながらにテレビに向かって謝罪する。だが、子どもは立派な大人。はたして、親は謝罪しなければならないのか。責任はあるのだろうか。もちろん、法律的には何の責任も負うことはない。成人したら、保護者ではなくなるのだから。

だが、親としては責任を感じてしまう。自分の育て方が間違っていたのか? 甘やかしてしまったのか? 世間の反応としては、「大人なのだから、親は関係ない」「親を責めるのは、可哀想」という意見が多いかもしれない。だが私は、親にもかなりの責任があると思っている。

罪を犯すような人間に育てたのは誰か。やってはいけないことを教えなかったのは誰か。道徳・倫理を叩き込まなかったのは誰か。すべて親である。子どもの頃から、最低限のルール・マナーを教えなかったために、大人になってもわからないのである。

「大人なのだから、すべて自己責任だ」というのは、正論ではあるが、親にも道義的責任は感じてもらわなければならない。ただし、子どもの年齢によって、責任の重さが変わるのではないかと私は考えている。

20代なら親の責任は重いが、40〜50代となるにつれて、その責任は軽くなってくるのではないか。成人した時点で、まだ道徳・倫理を理解していなかったとしても、そこから20年経てば、0歳児の頭だったとしても20歳となる。つまり、成人してからは自己責任なので、そこからは自身が道徳・倫理を学習していかなければならない。

40歳になれば、最低20歳の考えを持っているはずである。だから、親の責任はほぼなくなるのではないか。これを私は、“軽減責任”という言葉にしてみた。子どもが年齢を重ねるとともに、親の責任が軽くなるということである。

犯罪者の親にインタビューしていると、まったく他人事のように答えている人がいるが、そんな親だから、子どもが歪んでしまったのである。「親を責められても困る」というのが本音だろうが、そんな人間にしたのは親である。

親には、大きな責任がある。だから、子どもの頃の教育が大切なのである。


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